ガブリエルナで紹介されていたHotwaired Japan blogってどうなのよを読んで。
blogger.comの開発者エビィアン・ウィリアムスのインタビューより
サンフランシスコに住んで一日中ネット漬け、つき合う友人もすべてコンピューターおたくという私にとって、一般論を述べることは非常に難しいですが、少なくとも私の周辺ではマスマーケティングは死んだものと思っています。その理由の1つは、インターネットにより大量の情報に触れ、個人が高度に情報化されていることです。友人からの電子メールや口コミ、嗜好を分析する洗練されたウェブアプリケーション、これらの要素が強くなればなるほど、伝統的メディアの信頼性や影響力が弱められていくのです。
blogによって個人の個性が情報化されていき、それが信頼できる情報で、かつ深みのある情報であることは確か。だが、あくまでこの信頼性は、今多くの人が日記的にblogを書いているから生まれる信頼性だと思う。
やはり「日常的な行為から生まれる情報」が、個性を一番反映されるし、その人にとっては事実なので信頼性も高い。
私自身は、マスマーケティングがまったく効果がないとは思いませんが、ニーズに対応できなくなったとは感じています。人々がインターネットに、そしてブロッグに惹かれるのは、顔の見えない企業ではなく、人間そのものに惹きつけられているからです。他者の意見を聞くことは、いつでも興味深いことなのです。
問題は、
「行為から生まれた情報」が、「意見」になり得るか、というところ。
やはり人を曳き付けるような情報は、魂(これは単にセマンティックなメタ情報を含む、という意味ではない)のこもった情報だったりする。
いかにして「行為から生まれる情報」に魂を込めて情報を取得・入力するか、がこれからのインターフェースデザインだと思う。
という感じの内容を、デザイン言語総合講座のレポートのテーマにしようかな。










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