ネットワーク社会論 12/04「ネットワーク上の信頼」の課題のための参照web
山岸俊男『信頼の構造 こころと社会の進化ゲーム』の内容をまとめたもの。
Goto Amazon → 山岸俊男『信頼の構造 こころと社会の進化ゲーム』
面白いこと言ってるな、と思ったんだけど、まだわかりにくいから、さらに分かりやすくしてみた。
安心とは「相手が自分を搾取する意図をもっていないという期待の中で, 相手の自己利益の評価に根差した部分」信頼とは「相手が自分を搾取する意図をもっていないという期待の中で,
相手の人格や相手が自分に対してもつ感情についての評価にもとづく部分」
安心とは自分と相手の関係の中においてのこと。信頼とは、自分と相手と第三者の評価においてのこと、ってことになるのかな。
この定義は後半は良いんだけど、前提の中の「搾取」って何?
さらに
社会的不確実性の高い社会(治安の悪いアメリカとか)では「安心」は提供されにくく、信頼が必要とされる。
逆に言うと、社会的不確実性の低い日本では、安心は提供されやすいが、信頼が生まれにくい。
また、
よく人を信用する人=だまされやすい人、というわけではない。そう言う人は、その人の信頼性を判断するための第三者の評価などの情報処理が適切にできる人である、とも言える。
同時に人をあまり信頼しない人=顔見知りしか信用しないような人 は、それができない人、とも言える。
日米の比較研究をすると、「日本は安心社会、アメリカは信頼社会」ということになるらしい。
信頼は、「関係性の強化」と「関係性の拡張」という二つの側面がある。
信頼のある関係性を作ると、その関係において社会的不確実性は低くなる(仲良くなれば → 安心できる。)
でも、この関係は外部との接触を持つことで得られる利益を減らす、という意味で「機会コスト」を支払っている。
あまり人を信頼しない人ほど、こういう関係を築こうとするため、機会コストを多く支払う。
つまり機会コストが大きい環境(ネットワーク社会)においては、人をよく信頼するタイプの人間の方が得する。
人をよく信頼するタイプの人が信頼をするには、
・対象の評価
・評価を情報処理する知性
が必要である。
という話。










最近のコメント