このエントリーは、慶応大学SFCの小檜山教授による情報通信文化論の課題1:ケータイを使って変わった事のためのエントリーです。
課題1: ケータイを使って変わった事
ケータイを使い始めてから今までを思い出してみて下さい。“ケータイ以前”から変わった事はなんですか? 自分のblogに解答をエントリーして、このエントリーにtrackbackを送って下さい。
ということで、宿題やります。
やっぱせっかく書くのだから人と違う視点で書きたいな、と思い既提出のWebをチェックしたのだが、意外に多かったのが、「異性の実家に電話かけなくてよくなった」(例:y.m:「思い出の"ケータイ以前”」)ってこと。それあるよね。
しかし、この人 レニゃレニ→σナニ、ζ,oωナニ、ζ,oωσ、ζ,oゑω、ζ,oゑω:恋愛電話 のレポートには、誰も勝てないだろってくらい、それ系が書いてある。面白い。
あと鎌団子のお仕事♂:"携帯電話の体化"も、中々言い回しが面白い。こういうのって、ほんと切り口とか表現の仕方だったりするよな。
というわけで、考えました。
携帯電話を使って変わったことは、
"電話に着信履歴が残るようになったこと"
ではないだろうか。
携帯電話以前の普通の電話は着信履歴が残らなかった。もちろんメールも使えなかったから、誰とコミュニケーションとってるか、などの情報はあまりきちんとは気にしていなかった。もちろん、NTTから情報を取り寄せれば通信記録はわかることだけど、あまり目にすることは無い。
「この1週間で着信は15件、受信メールは14件、送信メールは16件」
これは僕の携帯の着信履歴とメールボックスからの情報だ。「ふむふむ、俺はここ1週間で、こういう人達から、これだけ電話を貰って、この人達に何通メールを送ったのか。」ということがわかる。
携帯電話の着信履歴は、まさにコミュニケーションの情報可視化・数値化の一つと言えるのではないだろうか。
情報を可視化すると、人間は事象を論理的に認知するようになる。人間は着信履歴という可視化されたコミュニケーションを見て、より安心するようになったのではないだろうか。テクノコードを考えたフルッサーは、
「人がコミュニケーションを求めるのは、人はすべて死ぬ、という残酷な不条理を忘れさせるため。そのために作られたのがコミュニケーションという装置なのだ。」
と言った。なんで彼がこういう結論に至ったかは勉強不足だから知らないけれども、ともかく人はコミュニケーションするだけでなく、コミュニケーションしたという事実を確認したいのだ。
情報を数値化すると、人間は事象を比較したくなる。コミュニケーションの量を比較するようになって、それを友情や愛情のバロメータにするようになった。
あまり"携帯"とは関係ないかもしれないが、私が思う変化はそこである。
最近のコメント
suga on GINZA HANDS: GJ!
koga on GINZA HANDS: あのう、、、"DIY
そん on bibtexでコンパイルが通らないときはjbibtex: これを参考にして助か
ikuo on i.got.an.iphone: 何これ!? はじめて
itsuki on i.got.an.iphone: ダメ人間みーっけた。
suga on 第二世代iPodが新品に: そうですね。 この当
aki on 第二世代iPodが新品に: なるほど。。。ありが
suga on 第二世代iPodが新品に: はじめまして。 申
aki on 第二世代iPodが新品に: はじめまして。 よ