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授業 アーカイブ

2003年04月21日

0で割れない訳@数値と近似

Q.0で割れない理由(無限大)を説明できますか? 

A.
分数は、割る数が小さくなればなるほど大きくなる。
1÷1=1
1÷(1/2)=2
1÷(1/3)=3
……
……
つまり、限りなく小さい数(つまり0)で割ると、無限大になる。
では無限大という解を認めるとして、今、任意の数Xを0で割った
X/0 
という式がある。これに0をかけてみると、割り算の定義から
(X/0)*0 = X
となるはずだ。しかし、ある数に0を書けると、その積は0となるはず。 よって
X = 0
となる。つまり任意の数Xはすべて0ということになり、公理を満たさないことになる。よって、0では割れない、ということにしたのだ。

2003年05月06日

2003年度春学期時間割

今さらながら、時間割です。
1限 スマートグラフィックス工房 スペイン語
2限 AVコンサルタント 表現方法論Ⅱ
3限 AVコンサルタント スペイン語 デザイン言語総合講座 奥出研
4限 近代史 デジタルコミュニケーションプロデュース論 都市と空間の設計 バスケorトレーニング
5限 数値と近似 奥出研 AVコンサルタント 中級設計プログラミング工房
6限

スローフード

ニッポン東京スローフード協会より

スローフードという言葉を聞いたことがあるだろうか?
これはファーストフードの反対で、イタリアでマクドナルド1号店ができたときに、食文化の衰退を懸念した人たちがはじめた運動です。

活動内容は、
①消えつつある郷土料理や質の高い食品を守ること。
②質の高い素材を提供してくれる小生産者を守っていくこと。
③子供たちを含めた消費者全体に、味の教育を進めていくことです。

さて、ここにデジタルネットワークが絡んでくると・・・

2003年05月08日

都市と空間の構成

課題でました。

・第1回 中間レポート提出課題


・出題日:2003/05/08
・提出期限:2003/05/15の授業時
・提出物:A4用紙1枚に縦使い・横書きワープロ仕上げ。
 1000~1600文字。紙で提出。メール提出は認めない。(裏使用可)
・4/17,4/24,5/8の3回の講義内容を要約し、君の意見をまとめよ。
・3回の講義の中で最も関心のある事項を3つキーワードで示し、それぞれについて君の
 考えや意見をまとめなさい。


2003年05月29日

クオリア@デザ言総合講座

デザイン言語総合講座に茂木健一郎という人が来た。

クオリア:quolia(qualeの複数形)
[哲学用語]
1.特質:事物とは独立して存在する普遍的な本質
2.(明確な特質をもつ)感覚的なデータ
- ランダムホウス英和大事典第2版(小学館より)

クオリアとは簡単に言うと、思い出せない記憶のこと。
記憶には2種類あって、エピソード記憶と意味記憶がある。思い出せない記憶は、意味記憶の方。

経験はエピソード記憶になり、そして意味記憶になる。その過程で抽象化され、情報が知識として認知されるのだ。デザインは一度抽象化されたものを、何かをメタファーにして表現すること。

言葉にしてみるといつもやってることだけど、認知的な視点から話しを聞いて、すごく納得した。

クオリアは、個々人のもつモノであり、表現者の独特の世界観はそこから生まれる。佐藤雅彦は、表層からそれを解明しようとしているが(たぶん彼は解明できないと思うけど)、認知的なアプローチをするともしかしてそれが見えてくるのかもしれない。

あと、普段ドキュメンタリーとフィクションの映画の違いって何か? ってことを考えてるのだけど、今日の授業を聞いてようやく一つの結論が出た。
あとはこれを生かして、作るだけ。

2003年06月09日

数値と近似

担当の仰木裕嗣先生の作るテキストはどこか面白い。

今日はマセマティカを使って重心を求めようというものだが、

さて、それではようやく身体の重心を突き止めることにとりかかろう。
本当は人間の「裸」の写真、あるいは水着での写真があればベストだが、
ちょっと用意することが出来なかったため、人形を使って説明することにする。

2003年06月23日

技をかけるのは

相手が技をかける瞬間、相手の体重は一瞬軽くなる。だから、その瞬間を狙え!

数値と近似 奥儀先生

2003年07月03日

都市空間と構成最終レポート

採集レポート出てました。
↓クリックして拡大

P1010004.JPG

2003年09月25日

ネットワーク社会論

木曜2限 τ11 ネットワーク社会論 by 国領二郎

技術と社会のブリッジ(橋渡し)について。
e-Japan計画について
放送と通信
ユニバーサルサービス(競争を推奨しながら社会の共通インフラをどう維持するか?)

議論形式での授業

毎回400字のレポートで、良いものに加点。「1行目が大事。ただしキャッチーだけで中身がないものは駄目。」
期末試験はナシ。最終レポートも毎回のものと同程度。
授業中の発言も追加点。

奥出研の研究は、アイディア先行でプロジェクトマネージメントと技術を学ぶ傾向が強い。
それらに社会的な裏付けと実現性を付け加える勉強をしてみたい。そろそろ社会人も近いし。
また、和田さんが国領先生の授業の進行を評価していたので、そこらへんも注目。

2003年09月30日

デジタルエンターテイメントプロデュース論選抜課題

2003年秋学期環境情報系クラスター科目
デジタルエンターテイメントプロデュース論選抜課題

テーマ:
3G携帯電話を映画の宣伝に使うとしたら、どのような面白い使い方が考えられるか。

回答:
映画、特に「映画館で映画を見る。」というエンターテイメントの特徴として、沢山の人数の人とエンターテイメントを共有できる、という点がある。
私が注目したいのは、映画を見終わった直後の雰囲気だ。自分の感想を他人に聞かれるのが嫌だから友達といるのにも関わらず映画館の外まで違う話題を話していたり、そのくせ他人の感想が聞こえると凄く耳をすませて聞いてしまう、あの雰囲気だ。 
実は皆、自分の感想を言いたいし、聞きたいのだ。しかし、直接的なコミュニケーションでそれをするには、恥ずかしい。喋る、という表現はとても恥ずかしいことだからだ。 
その解決策として3G携帯をメディアとして使いたい。技術的にはGPSとメールだ。映画が終わった後、GPSを使って同じ映画館にいる人達にマルチキャストで感想をメールで送れるようにする。すると、映画が終わった直後の映画館の中でコミュニティができる。これは直接的な広告にはならないが、口コミ戦略などコミュニティを作る、というのはこれからの広告戦略としてありだと思う。

2003年10月16日

DCG2003 Cinematography Workshop

Digital Communication Guide 2003の授業でシネマトグラフィーの演習の講義を受け持たせてもらった。30分で簡単な講義+演習のメニューを二週に分けて行った。

<一週目:プリプロダクション、プロダクション>
●講義・・・ストーリーの作り方、ストーリーボード、固定ショット  → スライドPDF形式(7.6MB)
●演習・・・既にある映像をみて、そこからストーリーボードを書く。 → コンテ紙PDF形式(228KB)

<二週目:ポストプロダクション>
●講義・・・コンテュニティスタイル、アクションカット、トランジション → スライドPDF形式(14.3MB)
●演習・・・紙フィルムを使ってアクションカットで編集してみよう → 紙フィルムPDF形式(4.1MB)

学部生の分際で教壇に立つので、いい加減な授業ができるわけもなく毎週徹夜で準備したが、一応さまになってたようです。
シネマトグラフィーを学ぶには、基本的な論理を頭に入れた上で既存の良い映像を何度も繰り返し見ることが必要で、やはり見るのも作るのもまず短編映像から。短編を、繰り返し見れば見るほど、1カット、1カットに監督の意図が色々隠れているのがよく分かる。
今回、授業で題材として何度も見せた、カンヌ広告映画祭2002ブロンズを獲得したノルウェーのストラトス・キャンディーバーのCMは色んな基本要素が詰まってて凄く良かった。

授業することで、色々こっちも学んだわけで、それに関しても満足しているが、これが奥出先生のラーニングオーガナイゼーションなのだろう。だがあくまで、自分が教壇に立つからこれだけ真剣にやるわけなんだが。

2003年10月21日

digital communication guide 中間発表

第2回、第3回の授業でシネマトグラフィーの話をさせてもらったDCG2003の中間発表。皆がどのような映像を作ってくるかが楽しみだった。

「コンテクスチャルインクワイリーを映像にする」、というのが映像のテーマだったが、そういう表現で映像の課題を提出されるのは、受講者には伝わりにくかっただろうな、と思った。
あと最終的なアウトプットとしての映像でないために、どうしても気合いが入ってない感じは拭えない。

Not Found 404は、紹介部でニーズ提示して、葛藤部でそれを求める人々のコンテキストをドキュメンタリーで、集結部でアイディアを提案してるのが凄くよかったとおもう。
一番スタンダードな形はこれじゃないかな。ただ、映像としては、対象となる人との関係(ラポール)とコンテキストが薄っぺらいと、あまり面白くない。あとインタビューだけじゃなくて、観察的な視点のショットが欲しいかも、と思った。そういう意味ではくろバイヲとかPrivate Coreは上手いな、と思った。

せがれ占いは、佐々木がいるだけにシネマトグラフィーが良い。エージェントじゃなくて、守護霊っていうのは確かに面白い。ただ地縛霊とこんがらがってる気も。

あとドキュメンタリーって言葉を勘違いしてる人が多い気がする。俺もきちんと定義できてないが。

また企画を作って行く中で、この映像制作のプロセス入れることをどのように利用したかが興味深い。もしかして、映像を作ることでイノベーションが生まれやすくなったり、コンセプトメーキングに上手く役に立った、というような効果があるなら面白いと思った。

2003年11月04日

DCG2003 Programming Workshop

今日の授業で使う資料。
さすがに30分で全員に理解してもらうのは難しいかもしれない・・・。

講義資料「シナリオがプログラムになるまで」 → スライドPDF形式(5.79MB)
ワークショップ資料「桃太郎其の一」 → スライドPDF形式(1.20MB)
「桃太郎其の一」模範解答 → スライドPDF形式(1.20MB)

参考:
2003年度春楽器中級設計・プログラミング工房
4行コンテンツのす々め

2004年01月09日

2003秋学期テスト

PDFファイル開くのめんどいのでメモ
1/30(金) 1限 ミクロ経済Ⅰ@Ω11
先生の名前:川崎

2004年01月15日

今日はロシア語のテスト

今日はロシア語のテストだが、まだアルファベットさえ復習してない・・・。
ロシアについての記述問題(日本語)がでるらしいので、そちらにかけて、学習漫画世界の歴史13巻と15巻を読んだ。

あとドストエフスキーとトルストイの違いについて知りたかったが、くだらないサイトに捕まって時間を無駄した。

すると、そんなところに社長からメッセが。

russia.gif

皆、がんばれ! ペレストロイカ!

2004年04月27日

はんだごてのプロがくるらしい

電子おもちゃ設計論の授業ではんだごてのプロがくるらしい。

「呼んどいたから」

by 武藤先生

何者だー。気になる。
さらに

「おれ、その日、こないから。」

半田ごてだけで授業は終わるのか・・・?

2004年05月06日

着信履歴によるコミュニケーションの情報可視化

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題1:ケータイを使って変わった事のためのエントリーです。

課題1: ケータイを使って変わった事 ケータイを使い始めてから今までを思い出してみて下さい。“ケータイ以前”から変わった事はなんですか? 自分のblogに解答をエントリーして、このエントリーにtrackbackを送って下さい。

ということで、宿題やります。
やっぱせっかく書くのだから人と違う視点で書きたいな、と思い既提出のWebをチェックしたのだが、意外に多かったのが、「異性の実家に電話かけなくてよくなった」(例:y.m:「思い出の"ケータイ以前”」)ってこと。それあるよね。
しかし、この人 レニゃレニ→σナニ、ζ,oωナニ、ζ,oωσ、ζ,oゑω、ζ,oゑω:恋愛電話 のレポートには、誰も勝てないだろってくらい、それ系が書いてある。面白い。
あと鎌団子のお仕事♂:"携帯電話の体化"も、中々言い回しが面白い。こういうのって、ほんと切り口とか表現の仕方だったりするよな。

というわけで、考えました。
携帯電話を使って変わったことは、

"電話に着信履歴が残るようになったこと"

ではないだろうか。

携帯電話以前の普通の電話は着信履歴が残らなかった。もちろんメールも使えなかったから、誰とコミュニケーションとってるか、などの情報はあまりきちんとは気にしていなかった。もちろん、NTTから情報を取り寄せれば通信記録はわかることだけど、あまり目にすることは無い。

「この1週間で着信は15件、受信メールは14件、送信メールは16件」

これは僕の携帯の着信履歴とメールボックスからの情報だ。「ふむふむ、俺はここ1週間で、こういう人達から、これだけ電話を貰って、この人達に何通メールを送ったのか。」ということがわかる。

携帯電話の着信履歴は、まさにコミュニケーションの情報可視化・数値化の一つと言えるのではないだろうか。

情報を可視化すると、人間は事象を論理的に認知するようになる。人間は着信履歴という可視化されたコミュニケーションを見て、より安心するようになったのではないだろうか。テクノコードを考えたフルッサーは、

「人がコミュニケーションを求めるのは、人はすべて死ぬ、という残酷な不条理を忘れさせるため。そのために作られたのがコミュニケーションという装置なのだ。」

と言った。なんで彼がこういう結論に至ったかは勉強不足だから知らないけれども、ともかく人はコミュニケーションするだけでなく、コミュニケーションしたという事実を確認したいのだ。

情報を数値化すると、人間は事象を比較したくなる。コミュニケーションの量を比較するようになって、それを友情や愛情のバロメータにするようになった。

あまり"携帯"とは関係ないかもしれないが、私が思う変化はそこである。

2004年05月20日

めがね

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題2: ケータイとは何か?のためのエントリーです。

携帯電話とは何か? 私はこう考える。

携帯電話はめがね。

今日における人間にとっての帯電話は、人間とめがねの関係に近いのではないだろうか。

子供の頃からメガネをかける人間は少ない。本を読んだりTVを見たりして、視覚から様々な情報を得ているうちに視力が低下してメガネをかけるようになる。視覚からの情報を明確にするためにメガネをかけるのだ。

同じように、子供の頃から携帯電話を持っている人は少ない。子供は純粋な心でコミュニケーションをしている。そんな社会を意識する以前の子供は、携帯電話を必要としない。しかし、社会性や建前ということを知るうちに、コミュニケーションに対する信頼が薄れて行く。
「彼女は僕を好きだというが、それは本当だろうか? それは建前ではないだろうか。」
人間は、このような信頼性の低くなったコミュニケーションをより明確にするために携帯電話を持つのだ。見にくい文字を、メガネをかけて見れるようにするように。

携帯電話は誰もが持っているもの、という前提でこの議論をしている人が多い。しかし、視力が良い人がメガネをかけないように、人格によっては携帯電話を持たない人もいることを忘れてはいけない。

携帯電話とはメガネだ。そして、それはメガネのように人間の能力を補助するための道具だと思う。

2004年05月25日

裏の世界

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題3: メッセンジャーとは何か?のためのエントリーです。

メッセンジャーとは何か? それは裏の世界を作り出すツールなのではないだろうか。
例えば、今、終わったばかりの小檜山先生の授業。裏では下記のような会話が交わされていた。

01.gif

続きを読む "裏の世界" »

2004年06月03日

男のロマン

ごめんなさい。欠席します。

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題4: インターネットとは何か?のためのエントリーです。

インターネットとは、何か? それは、


男のロマンだろ。

インターネットがあるから、俺は世界中の人のことを知れるし、俺がつくったものを世界中の人に見せられる。そして世界中の人とつながっていることによって無限におもしろい可能性が広がっていくじゃねえか。

あー、俺は今のところ一生このblogをつけていこうと思っていて、俺が一生の中で考えていることを日本語読めるやつなら世界中の奴に知らしめることができる。それ自体もわくわくする。ロマンを感じる。

あー、俺は今のところネットワークとコンピューターを使えば人間はもっともっと楽しくて人間らしいことができるようになると思っているから、そうなるために色々役に立ちたいと思っている。これもわくわくする。ロマンを感じる。

あー、あと俺の親父は言ってね。「インターネットはおもちゃ」。これはセキュリティとかかなり危ういネットワークだよね、っていう意味だけど、誰でもいじれるって考えるとこれもわくわくする。ロマンを感じる。

2004年06月10日

俺でも絵がかける。

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題5: デジタル画像とは何か?のためのエントリーです。

はっきり言って、今回は全然面白いことが思い浮かばない。

が、しいていえば、デジタル画像とは、俺でも絵がかける画像、ということ。

ps_triangle2.png

このベジエ曲線というのは凄い。
どんなアナログでは、どんな定規でもかけない手順で線を描いていけるのだから。

鉛筆で絵を書いていていつも思うのが、イメージと同じように線が書けないということだ。しかも、最初の一本引いた時に、イメージとの違いに気づかない。5、6本引いたあたりで、イメージと違うことに気づき消しゴムで消すのがめんどくさくてやる気がなくなる。

ベジェのすごいのは、この時点から修正が利くところだ。消さなくても微妙な曲がり具合を修正できる。よく、Illustratorとか使うには結局手で絵が書けないと駄目だよね、っていうことを聞くがそんなことはないとおもう。イメージは凄いけど、それを線にするところで挫折してる人は沢山いるはずだ。デジタル画像は人間の表現力の可能性を一気に飛躍させていると思う。

それにしても、これを考えた人は誰なのだろう? 調べてみるとフランス人数学者のピエール・ベジエという人らしい。そして、誰もが"ベジェ"と表記しているが、正確には"ベジエ"である、ということがこのページでは強調されている。

2004年06月17日

息ができねえじゃねえか!

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題6: インターネットとは何か?のためのエントリーです。

今回の課題は、誰かを参照せよということだが、まず私は

ゆるまん的情報通信文化論④:非存在と点在とが同居する大地

この課題の漫画に大きくインスピレーションを受けた。
この熊坂先生はとてもすばらしい。

そこで、私は尊敬する村井先生を書いてみることにした。


murai.png

村井先生は、インターネット概論の授業で、「成田の空港から東京まで1分間インターネットが通じなかったら死ぬ、つまり息ができなくなる、と思ってプロジェクトを進めた。」と語っておられた。

この考え方は、デザインコンセプトとして凄く面白いと思う。逆に考えれば、ソフト・クライアント側は1分間くらいなら通じなくてもいいようにしてデザインすること考えていけば良いわけだ。

amelog:インターネット=酸素

にも似たようなことが書かれている。そして、「人々はそれがないと生きていけないのである。」と書いている。

しかし、ちょっとこれでは説明不足なきがする。インターネットは既に人間にだけではなく、コンピューターにとっても必要不可欠なものになってきているからだ。
ここで言うコンピューターとは、人間に操作されるPCのようなものでなく、環境に埋め込まれたコンピューターである。

たとえば、酸素不足の部屋があったとしても、そこに人間がいたら息ができないがコンピューターは大丈夫だ。

しかし、インターネットが通じない部屋は人間だけでなく、コンピューターにとっても何もできなくなる。

物理世界においては"エーテル"が万物の媒介となっている、という説があるが、インターネットとは情報世界におけるエーテルなのかもしれない。

と、ここまで書いて、EtherNetの語源がエーテルだということを思い出す。
Ethernetの誕生が30年前(1973)のXEROX PRAC。やっぱ凄いな。
Mark WiserがUbiquitous Computingを提唱するのが、それから15年後の1988年。
意外に、Ethernet作った人はユビキタスのことを考えていたのではないかな、とちょっと思った。EtherもUbiquitousも意味は同じだし。いずれにしろ、PARCからこれらの技術と概念が誕生することは自然な流れだったのだな、と。

2004年06月22日

電子おもちゃ関係blog

電子おもちゃ設計論の授業ついでに、それ関係のblog

若松通商
eマートのページで色々みれる。

秋月電子通商
LEDドットマトリクス 

千石通商
圧力センサーが結構高い。

DigiConnect

ツクモ ロボット王国
ツクモのロボット店にあるセンサーが色々面白い、とのこと。

LANTRONIX Xport

水魚堂の回路図エディタ:びーすけ

e-kit shopping
いつもいるおっちゃんのページ。SFC向け専用ページもあり。(要パスワード:電子おもちゃ設計論のWebと同じ)
そこにXportの開発マニュアルとかもある。

2004年06月29日

家から授業

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題7 あなたの今いる場所はどこですか?のためのエントリーです。

今日は遠隔で授業を行う試みらしい。
毎週、月曜は交通費節約のため残留してたのだが、喉を痛めていたので帰ってきた。
今日のタイミングではありがたい試み。

例えば、カッターで何か切るとき

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題8 ユビキタスとは何か?のためのエントリーです。

というわけで、遠隔授業で続けざまに課題が出ています。
こりゃ、鎌団子みたいに課題用のblogと分けたほうがいいな。

ユビキタスとは何か?という課題ですが、これに関しては最近思ったことが一つ。

この間、モックアップ作成のためにダンボールをカッターで切ってたんだけど、その時まっすぐ切れなかった。あー、こういうとき、Adobe illustratorとかのカッターツールで切れたらなー、と思ったわけだ。そうすれば、まっすく切れるのに、と。

knife.gif

たとえば、現実世界でカッターを使っている時、カッターナイフにコンピューターが組み込まれていて、まさにイラストレーターのナイフツールのような感覚でダンボールを切れたら、それは凄いユビキタスだと俺は思った。

人間は脳内でイメージをしてる。ここでいうと、カッターで引く線のイメージ。
しかし、電気信号で運動神経に伝わる過程か、そのあとの運動神経が実際に身体を操作する過程かわからないけど、どっかでイメージとアクチュエイターの間に誤差が生じる。これをコンピューターが修正してくれる。違うよ、って教えてくれる。

究極のユビキタスは、そういうことな気がしてきた。

少しMATRIXの世界の話に似ているが、仮想現実の中でそれをやるのではなくて、現実世界で埋め込まれたコンピューターを使ってそれができる感じ。

映画の中のユビキタス

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題9 ユビキタスについて調べるのためのエントリーです。

さて、今度はもうちょっと、調べてみよう、という課題が出た。
だが、ちょっと疲れてきた。続けざまに課題が出てPCにずっとかじりついて、キーボード叩きっぱなしなのは、疲れる。このような状況で遠隔授業はやっぱまだまだだな。

さて、JOURNAL - SHO TAKEO View -:マイノリティリポートのような世界では、

ユビキタスと聞いて思い浮かぶのはマイノリティリポートのような世界。
犯罪を予知し、事件が起こる直前に防止するシステムが確立した時代。
あの世界では場所を越え、さらに時間をも越えたネットワークで繋がっており極度の管理社会が築かれている。

ただし最終的な判断は人間が行うという点において、必ずしもネットワーク(ユビキタス)依存に陥っていないところに救いを感じる。

もっと明るいテーマのユビキタス映画は出てこないものか。

とある。
さっき、提出した課題8の中で、僕はマトリックスをあげているが、マイノリティレポートも確かにユビキタスを感じる映画だ。

というか、あの映画は時代考証的な役割のためにユビキタス社会を研究する科学者達が参加しているらしい。TASAをしているデジタルコミュニケーション入門2004の授業準備をしているときに脇田先生が教えてくれた。

でも、俺はどちらかというと、あの映画からほとんどユビキタスを感じなかった。なんか、ロボットみたいの沢山出てくるし、ヴァーチャル風俗みたいなやつとかも、凄くあっちの世界だよなー、と思った。

外見的には何もかわらないのだと思う。実はこの世界はMATRIXなんだよ、みたいに、実は中にはコンピューターがあるんだよ、っていう感じだろう。

はぁ、しかし20分間で書かなきゃいけないだと、まともなことが書けない。

まっすぐ切れるカッター

このエントリーは、慶応大学SFC小檜山教授による情報通信文化論課題10 ユビキタスが描く社会像 or ユビキタスのためのアイディアのためのエントリーです。

アイディアを一つ。 って、今地震がおきた!

やっぱ、最初の課題8で言ったような、定規とかつかわず、イメージ通りカッターが欲しい。
イメージ通りの線がかける鉛筆でもいい。

2004年07月01日

ATMELマイコンでLEDを光らせよう

電子おもちゃ設計論の授業課題が全然進んでいないのだが、とりあえずマイコンでLEDを光らせる「最も単純な回路」が動いた。ガイの協力というか、ガイに寄生したというか、とりあえずガイに迷惑をかけたのは間違いなさそうなのだが、とりあえず動いた。ガイごめんなさい。

マイコン側のプログラムは以下。いささか、わからない部分が多い。

int main( void )
{
  io8bit nowled ;  ← nowledっていうio8bit型の変数を宣言
  outp(0xff,DDRD); /* PD1-PD6 PortD for output */ 
     ↑PD1-6をアウトプットのためのポートDとして設定
  outp(0xfe,DDRB); /* PB0-PB1 PortB for input */
     ↑PD0-1をアウトプットのためのポートBとして設定
  nowled = 0x00; /* LED init all Low */
     ↑変数nowledを0x00で初期化
 for (;;)
  {
   if((inp(PINB) & 0x01) != 0x00) /* check switch */
      ↑もしPINBが0じゃなかったら、&0x01の意味がわからん。
    nowled = 0x01; /* LED0 on set */
      ↑nowledを0x01(点灯)に
   else
    nowled = 0x00; /* LED off set */
      ↑それ以外の場合、nowledを0x00(消灯)に
   outp(nowled, PORTD); /* LED out */
      ↑PORTDにnowledを入れる
  }
}

で、このプログラムで、PD0 端子(Pin 2)だけが点灯ってことになるらしいのだが、なぜそうなるのかが、わからない。
わかる方、是非アドバイスを。

2004年07月08日

人間は"ふり"をする生物

このエントリーは、